なにか嫌なことがあるたびに思うのは、自分が生きている中でそれほど多くを望んだ訳ではないのに後少しのところにある自分が思い描く幸せに届かないことだ。
「後少しお金があったら」
「後少しで間に合っていたのに」
「後少し結果が良ければ1番だったのに」
「後少し自分のことが好きになれたら良かったのに」
何事もその「後少し」が届かないが上に結果が逆転してしまうこの世の減少は何なのでしょうか?
100点満点の人生じゃなくてもいいのに、合格点ギリギリでもそれで幸せの合格点なら僕はそれでもいいのに。
と思ってもだいたい70点の合格点には届いてなくて60点台とかひどいときは69点とかだったりする。いや、下手すると小数点を刻んでくるタイプかも知れない。
考え方の話なのかもしれない。ネガティブシンキング気味の僕の思考回路だとこんな感じ悲観的に捉えてしまいがちな節があるから、結構どうでもい事だったり、もし他人が同じ状況ならいい感じでアドバイス出来るような事でもどうしてもポジティブになれない。
こういう自己分析もひと呼吸後の僕を奈落の底へ落とすそんな一手だったりするのでたちが悪い。
コロナのせいで色々と我慢しなきゃいけないそんな場面はたくさんある。
カフェを運営しているので飲食店に対する風当たりは結構酷だ。
僕はオーナーとしている訳ではなくいわゆる雇われ的な立ち位置でカフェの実務的な運営をだいたい任されているけど現場を見ていないオーナーからすれば売上の数字で物事を判断するのはしょうがないわけで、それでも夏場のコーヒー業界が閑散期(飲食は閑散期だと思う)な事や、コロナの緊急事態宣言がニュースで話題になる度にその影響で少なからずお客さんの数が減ってることの様な細かい力関係を見ずに色んな事を言われるとやっぱり凹む。
(と言うかオーナーなら業界の波は理解してほしいし、その時期に対応する何かは対策してほしい)
責任を持っている立場で愚痴をこぼすのは良くない事だけどプライベートの返上で色々と頑張ってる身としてはほんとにしんどいとしか言えない。
もう少しをなんとかしたいのに結構手詰まりなとこもほんとにほんとになんとかしたい。
もう少しをなんとかしてください。だれか。