朝コンビニでふとB5判のノートを買うことにした。
特に理由なんて無いのだけれど、アナログで自分の考えをブラッシュアップすることをしたくなって思わず朝のコーヒーと砂糖ががこれでもかと使われた甘ったるいブラウニーバーの2つと一緒にB5判のノートを買った。
スマホでもメモを取ることはここ最近では普通のことだし、スケジュール帳の代わりでスマホのスケジュール機能を使って管理する人も少なくない。
だけど未だにアナログ媒体のメモ帳やスケジュール帳が生きてる理由は人類の本能的な部分で深く刻まれた文字を書くという行動、動作自体が遺伝子レベルで作用してるからなのか?
どうせ後になってアナログ媒体に触れずに育った世代も出てくるんでしょうけども、科学的にも実はアナログ媒体にアウトプットすることはより効果的という内容もあったりするので(アウトプット大全読んで下さい)どういった事になるかは神のみぞ知ります。
自分で書くという行為は今僕がやっているみたいにブログに文字を起こすことよりもより自分の考えやいろんな思考が整理されるみたいなんです。(まぁあくまでも体感で僕は整理されます。実際にはどういう効果がしっかりあってだからそうしている的なのはまったくありませんしよくわかりません。笑)
ただ、なんとなく、ダダなんとなくの領域ですが、それをすることに効果があるような気がするレベルのプラシーボ効果だとしても僕は紙に文字を書きたくなったんです。
理由なんてそんなものでいいんです。
何事も大義名分は後付けでできるものですから。(もし僕が成功してめちゃめちゃ有名人になったとしたらあの時買ったB5判のノートがあったからだといったらB5判ノートが飛ぶように売れるんです。その程度のことです。)
そう考えるとこういうちょっとしたエピソードって記録に残しておくと面白いのかもしれません。
日記をただつけるだけでも最終的にそれがなにかの理由になるかもしれないのですから。
そう考えるとネットの海に文字を投げ込む行為もあながちアウトプットの種類としてはやはり優秀なのでしょう。思考の整理というよりもある種の効果を期待する形で何かの気持ちが乗った文章が多いのもネットテキストの特徴だったりしますしね。
『一人言のようで誰かに聞いてほしいこと』のように文章を読んでいると思います。(勿論僕の文章も皆様に読んで欲しい)
結局B5判ノートは最初の1ページ目に折り線をつけたまま何も手を付けずカバンの中にボールペンと一緒に忍ばせています。何かあった時にこれがあってよかったと思う日まであるいはそこに何かを書こうとするまでとりあえずは寝かせておこうかと思います。
ではでは